長谷川零余子
今回は「俳句の詩精神を考える」シリーズの5回目。最終回です。そして、最終回に取り上げるのは、俳人・長谷川零余子。俳人・長谷川零余子について、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』には次の様に記されています---明治から昭和初期にかけて活躍した俳人。東京大学薬学科専科を卒業。高浜虚子に師事。「ホトトギス」の編集に従事。1916年、「枯野」を創刊。立体俳句を提唱する。東大卒のキャリアを感じさせる幾何学的な俳風で、知識人層の支持を得た。1928年、41歳の若さでこの世を去った。
この長谷川零余子について、「飯田蛇笏集成第七巻 評論・紀行・編纂」(飯田龍太監修、角川書店)137頁には、長谷川零余子の処女句集「雑草」に零余子が自序した記述が紹介されています。
(以下、引用開始)
俳句は表現にあるとか、又は技巧にあるとかいう仮定的な言葉は私には全く空虚な響きの外に何ものも与えない。天然の自然界に言葉がないように人間にも言葉というものがなかったなら幸である。そうして花のように美わしく、鳥のように喜ばしく楽しみ多い日が、自分にも恵まれたら有難かった。そのなかに生きて死ねばよかったのである。表現とか技巧の優劣とか言葉の綾で出来たものが俳句の価値を定めるというような不純な考えをもっている間は、自然というものの偉大さも、その尊敬も了得される筈のものではなかろうと思う。表現とか技巧とかという技術を私は知らない。又知りたいとも思っていない。自然を知ることを生涯の努めとして、そこに生れる俳句があったなら、それを書きとめて満足する。
(引用終わり)
こうした精神性というものには私も非常に共感します。俳句は競争や優劣を決するために作るのではなく、自分の心から湧きあがった思いや、感動を一句にまとめることが出来たなら、もうそれで十分だと思います。ただ、そうした感動を単に自分だけのものとはせず、いかに他にも味わって頂けるように伝えるか。そこに腐心と工夫の余地があると思っています。
いかがだったでしょうか?。5回シリーズでお伝えした今回の企画でしたが、多少なりとも読者の皆様のご参考になれば幸いです。俳句を趣味とするか、芸術とするかは、その人次第だと思います。趣味であれば自己満足で十分ですし、それもまた良し。しかし、芸術にまで高めたいと思うのであれば、自己満足の域を脱して、いかに他に味わい深く伝えるかに腐心しなければなりません。私もそこに向けて、日々努力精進していきたいと思っています。
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