飯田蛇笏

2009年4月 5日 (日)

長谷川零余子

今回は「俳句の詩精神を考える」シリーズの5回目。最終回です。そして、最終回に取り上げるのは、俳人・長谷川零余子。俳人・長谷川零余子について、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』には次の様に記されています---明治から昭和初期にかけて活躍した俳人。東京大学薬学科専科を卒業。高浜虚子に師事。「ホトトギス」の編集に従事。1916年、「枯野」を創刊。立体俳句を提唱する。東大卒のキャリアを感じさせる幾何学的な俳風で、知識人層の支持を得た。1928年、41歳の若さでこの世を去った。

この長谷川零余子について、「飯田蛇笏集成第七巻 評論・紀行・編纂」(飯田龍太監修、角川書店)137頁には、長谷川零余子の処女句集「雑草」に零余子が自序した記述が紹介されています。

(以下、引用開始)

俳句は表現にあるとか、又は技巧にあるとかいう仮定的な言葉は私には全く空虚な響きの外に何ものも与えない。天然の自然界に言葉がないように人間にも言葉というものがなかったなら幸である。そうして花のように美わしく、鳥のように喜ばしく楽しみ多い日が、自分にも恵まれたら有難かった。そのなかに生きて死ねばよかったのである。表現とか技巧の優劣とか言葉の綾で出来たものが俳句の価値を定めるというような不純な考えをもっている間は、自然というものの偉大さも、その尊敬も了得される筈のものではなかろうと思う。表現とか技巧とかという技術を私は知らない。又知りたいとも思っていない。自然を知ることを生涯の努めとして、そこに生れる俳句があったなら、それを書きとめて満足する。

(引用終わり)

こうした精神性というものには私も非常に共感します。俳句は競争や優劣を決するために作るのではなく、自分の心から湧きあがった思いや、感動を一句にまとめることが出来たなら、もうそれで十分だと思います。ただ、そうした感動を単に自分だけのものとはせず、いかに他にも味わって頂けるように伝えるか。そこに腐心と工夫の余地があると思っています。

いかがだったでしょうか?。5回シリーズでお伝えした今回の企画でしたが、多少なりとも読者の皆様のご参考になれば幸いです。俳句を趣味とするか、芸術とするかは、その人次第だと思います。趣味であれば自己満足で十分ですし、それもまた良し。しかし、芸術にまで高めたいと思うのであれば、自己満足の域を脱して、いかに他に味わい深く伝えるかに腐心しなければなりません。私もそこに向けて、日々努力精進していきたいと思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月 2日 (木)

物象観入

今回は「俳句の詩精神を考える」シリーズの4回目。下記の文章は、「飯田蛇笏集成第七巻 評論・紀行・編纂」(飯田龍太監修、角川書店)335頁からの抜粋です。ここでは、沢山の句を作るように心掛けることが俳句の上達法なのか?。その問いに対する蛇笏の考え方が書かれています。

(以下、引用開始)

熱心のあまりなかなか沢山の数を寄せてくる作者がよくある。それも必ずしも結構でないとは云わない。正岡子規に或る人が俳句の上達法を訊ねた。すると、子規はそれに答えて、兎に角沢山俳句を作りなさいと云ったということを頭初にも述べた。まことにこれは簡潔な答えで意味深いものが存するわけで、説明や理窟ばかり達者で、実作にたずさわらないことにはどうしようもないのである。そういうわけで兎に角、理窟抜きで一生懸命実作に当たるということは最善の途であるに違いない。

私は毎月多くの句稿を見ているが、信濃の某青年の如きはそうした点で、まことに親愛の情がよせられる側の一人だ。熱心さのあまり実に沢山の句を作るようである。

いま云う通り、このことは一通り結構なことであるに違いないが、そうした熱心さに、もう一つ考慮を加え、作ることを急がず、数を上げるに慌てることなしに、大いにゆったりと心を構えて、天地自然の風物に対し、じっと深く観入することを、心掛けてもらいたいと思う。ものの皮相な見方ではいくら沢山の数を得たところで、結局みな中途半端なものが多くなりがちなものである。深く物象に観入することを心掛け、而もその思いを出来るだけ内に潜めて詠みいづることが出来れば、それこそ上乗の作品たるを得るのである。

(以上、引用終わり)

諺に「ヘタな考え休むに似たり」とあります。いくら数多く作句しても、中途半端な考えの下では中途半端な句しか出来ません。それもまた私の経験則です。なので、今の私はあまり数多く句を作ることはしていません。定例会に出す句は7句ですが、それに対して私が作る句はせいぜい710句程度。私は数多く作ることよりも、前回のブログ記事でも申したように、時間を味方につけることの方が大切だと思っています。それに、俳句を作るのに俳句の研究ばかりするのもいかがかと思っていまして、私は俳句以外にも宇宙・生命・仏教といったものにも関心があって、この勉強を通して得た感覚が俳句を作る際に役立っていると感じています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月29日 (日)

姿勢は主たらず

今回は「俳句の詩精神を考える」シリーズの3回目。下記の文章は、「飯田蛇笏集成第七巻 評論・紀行・編纂」(飯田龍太監修、角川書店)331332頁からの抜粋です。ここには良い句と、そうでない句の見分け方について記されていると、私は理解しています。

(以下、引用開始)

選をしていて、いつも天地人だとか第一席第二席第三席とかいった風にとる以外のものでなかなか立派な形をした作品がいくつか認められる。しかしながら、突っ込んで吟味するとなると、どこかしらん気のぬけたようなところがある。この短詩形文学として重要性を持つところの迫真力において欠けているのである。しかも、その姿勢だけはまことに整ったものである。その整った姿勢というものは随分、初学者の魅力をそそったりすることがあり勝ちなものだけれども、これの評価からいって結局、優秀なものたり難いことは、かかる作品を長く玩味することによって判ってくる。すなわち、そうした作品は必ず飽きがくるのである。

しかるに、真に芸術的な迫真力を内に潜めながら、よりよく単純化された作品というものは、玩味してゆくうちに益々味が出てくるのである。飽きがくるどころか、それと全く正反対に魅力が強くなってくる。そういうことで最もよく判るのである。所謂、美辞麗句的作品構成が排されなければならぬことをものがたり、飽くまでも実感に出発し、実感を主眼とせねばならぬことを明示するものなのである。

(以上、引用終わり)

諺に「岡目八目」というのがあります。つまり、他人の句は客観的な目線で評価できても、いざ自分の句となると、なかなかそうはいきません。そこで、私は試行錯誤の中から、今はある事を実行しています。それは、私の属する俳句の会では、定例会と吟行会が月に1回づつあります。吟行会では吟行地で句を作りますが、定例会では事前に句を作って行きます。そうすると、定例会が終わって、次の定例会まで1ヶ月の間が空きますが、私は定例会が終わってから1週間後までには、次の定例会に出す句を作るようにしています。何故そうしているかと言うと、作った句を寝かせて熟成させる期間が必要だからです。そうすることで、良い句とダメな句を見分けることが出来るように思います。句を作った当初は全て良い句に思えるものです。しかし、時間が経ってから見直すと、「あれ、この句は全然ダメだな。何故これが良い句だと思ったのだろう?。全然ダメじゃないか」と思えてくるのです。そうした句はサッサと捨てて、新たな句を作ります。自分が作った句が良い句かどうかを見分ける方法は、時間を味方につけて、上記の文章で蛇笏も書いているように「長く玩味する」ことがポイントだと思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年3月26日 (木)

感激を得るために

今回は前回に引き続き、「俳句の詩精神を考える」シリーズの2回目です。下記の文章は、「飯田蛇笏集成第七巻 評論・紀行・編纂」(飯田龍太監修、角川書店)329330頁からの抜粋です。なぜ芭蕉が俳句づくりの長い旅路に出たかが記されています。

(以下、引用開始)

一輪の薔薇を詠むとしても一景の山を詠ずるとしても、何よりまず大切なことは、それらの対象に感激したことによらなければならぬ。と、いうと多くの人は直ちに反駁するであろう。俳句を詠むにしても短歌を詠ずるにしても、恐らく感激なしに之をするものは無かろうではないかと。

作品がどうやら形を整えている以上、まことにそのように一応感じられるのである。しかしながら、こうした短い形式をもった作品はそうした風貌こそ持ってはおれ、その実、美的感激のめざましいものがなくとも兎に角出来上がり易いのである。最も極端に云えば一つの季題をおいて、上五、中七、下五をそれぞれ何処からか借りて付け合わせたところで、どうやら形だけは整え得るのである。

それほどのものだけに、よしんば其処まで行かなくとも若干の歳月を作家として過ごしてきた者は、作句に馴れた手心地で特に感激なしでも随分作り上げることが出来る。事実上そういう作品が無数に認められるのである。併しそれはいけないと思う。

詩も殊にこうした短詩形のものにあっては、そのゆきみちでは必定、人心に迫る力が乏しいのである。芭蕉などはその素晴らしい感激を得たいばかりに長途の旅を続け、而も貧弱な程度のものはどしどし捨て去った。この点に深く鑑みることによって誰でも一段の飛躍を果げ得ることを信ずるのである。

(以上、引用終わり)

私も実際に作句していて思うのは、そうそう感動する場面には出会えないということです。ですから、芭蕉が心に感動を得る瞬間を求めんがために、「奥の細道」の長い旅路に出たとするならば、私にはその気持ちがよく分かります。私はこれまで芭蕉は天才なるが故に、俳句を芸術の域にまで高めんがために長い旅路に出たと思っておりましたが、決してそうではなかったのですね。私はこの蛇笏の文章に接して、急に芭蕉が身近な存在に思えてきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月23日 (月)

生きた作品

今回以降、5回シリーズで、俳句を作るに当たっての詩精神といったものについて少し考えてみたいと思います。しかし、そうは言っても、諺に曰く、「下手な考え、休むに似たり」と。なので、先達の高名な俳人と、その文献を手掛かりに考えを進めていきたいと思います。その俳人とは、飯田蛇笏。文献は「飯田蛇笏集成第七巻 評論・紀行・編纂」(飯田龍太監修、角川書店)です。まず初回は、生きた俳句の生きた俳句たる所以について考えてみたいと思います。

下記の文章は、「飯田蛇笏集成第七巻 評論・紀行・編纂」(飯田龍太監修、角川書店)330331頁からの抜粋です。私はかねがね生きた俳句とそうでない俳句の違いは何かについて漫然と思い悩んでいたのですが、この文章を読んだとき、その答えに触れたように思いました。

(以下、引用開始)

絵画について云うと判りやすいが、絵に死んだ絵と生きた絵とがある。どういう画が死んだ絵かというと、一見立派な絵具でぬりこめられ、労力と時間とがかけられてあるもので、絵らしい絵であるには違いないが、深く鑑賞するうちに倦きが来てしまう。倦きが来るばかりでなく、やがてさげすみたくなる感じが湧いて来るのである。そういうのは自然の風物を画いたにしても、また人物を描写したにしても、対象に感激し、おのれの心魂を打ちこんで画くのでなくして、ただ単に絵というものを画こうとして成ったものだからである。こういうのは死んだ絵というのである。

生きた絵というのは、いま云うところと正反対に、極めてあっさりした画きぶりのようであっても、見ているうちにだんだん心に迫るものがある。生気潑刺という形容がそうしたものにあてはまるのである。それは作者が自然なり人事なりに深く感激し心魂を打ち込んで、たとえ分秒の間でも一心不乱にかかっているからである。

このことは、決して独り絵画のみに云われることではない。すべての芸術がそうなのであるが、ことに俳句の如く最も短い形式において表現しようとする芸術にあっては、其処が一層著しいのである。単に十七文字をならべて俳句らしい形ばかりそなえたところで駄目だし、むずかしい文字などを用ゆるのは尚更いけない。

誰人にも判り易く、而も深く心魂を打ち込んだものでなくては、決して上乗の作品ということは出来ない。すなわち生きた俳句を作ることでなければ不可いのである。

(以上、引用終わり)

この蛇笏の文章から察するに、やはり生きた俳句には魂がある。魂が入っている。作者が対象に深く感激し、たとえ分秒の間でも心魂込めて作ることによって、その俳句に魂が宿る。そして、その魂がその句を詠んだ人の心を揺さぶる---そういう事なのだなあって感じ入った次第です。私もそうした俳句を作るように心掛けて、日々努力精進していきたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

その他のカテゴリー

俳句随想 | | | | | 飯田蛇笏