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2008年12月

2008年12月26日 (金)

年の暮

読者各位

皆さま、本年のブログ記事は今日が最後となります。まだ立ち上げて間もないブログですが、多くの方々に訪れて頂き、またご愛顧いただきまして、本当にどうも有難うございましたm(__)m

来年は1月10日前後の始動を予定しております。

皆さんの幸せ願ふ年の暮

今年は年末に向けて、非常に厳しい経済環境となりましたが、来年こそは一人でも多くの方々にとって良い年であってほしいという願いを込めて、末筆ながら年末のご挨拶とさせて頂きます。どうも有難うございましたm(__)m

里依

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2008年12月23日 (火)

冬の雨

12月の雨は寒いですね。もっと寒かったら雪になって然るべきなのかもしれませんが、寒いだけでなく暗いです。特に今年は経済環境の悪化で、世相も寒く感じるので、寒さがいっそう身に沁みる感じもします。

○人生の雨と重なる冬の雨

この句は、私自身、自分で作っておきながら、決して良い句とは思いません。何故ならば、やはり俳句というのは、それを読んだ方たちが明るい気持ちになるような句でないといけないと思うからです。ただ一方では、思わずこうした句を作ってしまいたくなる一面が私の中にあるわけでして、こうした一面に捉われているうちは、まだまだ私の修行も道半ばと言う感じが致します。

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2008年12月20日 (土)

冬の空

今年はソニーや日産自動車といった日本を代表する大企業でも相次いで人員削減やリストラ策を発表し、年末に向けて厳しい年の暮となってきました。

○冬の空ワーキンクプアの白い息

働けど、働けど、我がくらし楽にならず」とは石川啄木の「一握の砂」の「我を愛する歌」に在る短歌の一節ですが、一生懸命に働いているのに暮らしが楽にならないと言うのは本当に辛いことです。他事ではない、自分事と身につまされる思いがします。どうか来年こそは良い年であってほしい、一人でも多くの人が幸せになってほしいと願わずにはいられません。

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2008年12月17日 (水)

去年今年

今年は10月以降、日経平均株価が急落し、年末に向けて大変厳しい経済環境になってしまいました。

○去年今年株価下がりて憂き世かな

去年今年は「こぞことし」と読みます。何か俳句というよりも川柳的な一句になってしまいました。しかも、本来、去年今年は1月の季語なのですが、年末に向けての実感として、この様な句が出来てしまいました。来年こそは良い年であってほしいと願わずにはいられませんが、逆にまたこうした時だからこそ、次の飛躍に向かって、今は焦らず欲張らず、着々と準備しておく時期だとも思います。

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2008年12月14日 (日)

初雪

次の句もまた天橋立周辺に出張した際に作った句です。

初雪に急ぎタイヤを変えにけり

地方の出張先では、東京では味わえない地方色ならではの話を色々と聞かせて頂けるので、仕事で出向いているとは言え、それはそれで楽しみの一つです。特に京都府北部では「まだ雪は降らないだろう。大丈夫。スノータイヤに変えるのはまだ先にしようなどと思っていたら、急に雪が降り出してまして、あわててタイヤを交換しましたよ」といったこともよくある様子で、そうしたお話を聞かせて頂くと、そこには日本海に面した地方ならではの生活実感が伝わってきます。そして、こうした話を聞かせて頂くだけでも、何か人生の視野が広がった気がしてくるのです。俳句の旅はどこまでも続きます。

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2008年12月11日 (木)

俳句随想 「ヒトではなく、人として」

今回は、いつもとは趣向を変えまして、「俳句随想」という形で、私が今日までの俳句への取組みを通して思ったことや感じたこと、気づかせて頂いたことなどを綴ってみたいと思います。

先日行われた私の所属する句会の定例会で、私は全く予想だにしていなかった好成績を収めさせて頂くことができました。大袈裟な言い方をすれば、「空前の好成績」と言ってよいかもしれません。とにかく驚きましたが、当の本人としては寧ろ困惑しているとでも言いますか、複雑な心境でもあります。と言うのも、私は自分の中で俳句に関する確たる知識やノウハウを備えているわけでは全くないからです。そうしたものが有れば、今回の結果に留まらず、今後もまたコンスタントに成績を挙げていける自信を持つことができます。しかし、今の私はそうではないので、「来月以降はどうなるのだろうか?」と不安な気持ちにもなります。

しかし、興奮から覚め、冷静になったところで考えると、私はある事に気づきました。と言うのも、私の仕事は、兄弟ブログ「明日の株式市場を読む」や「企業経営を守るブログ」からもご推察の通りで、経済アナリスト・兼・経営コンサルタントです。その私が俳句を始めて3年が経ちました。最初の頃は「俳句はカンタン」と高を括っていましたが、いざ実際にやってみると、とんでもありませんでした。私の作った俳句は「絵はがき俳句」と言われ、なかなか成績が上がらず、本当に悩ましい日々を過ごしておりました。

そうした中で、ふと感じたことがありました。実は、私は仕事柄、人を「ヒト」としか見ていない面があったように思います。ここで言う「ヒト」とは、「ヒト、モノ、カネ」の「ヒト」。つまり、私は人をビジネス活動を行う上での一要素にしか見ていない面があったのです。しかし、俳句を始めて、月日が経過する中で、私は人を「人」として見るようになってきました。つまり、人には、その人ひとり一人に日々の生活があり、その中でひとり一人が実に様々なことを思い、考えている。そこには嬉しいことや楽しいことだけではないはずです。苦しかったり、辛かったり、悲しかったりと、朝夕の通勤時間帯に最寄駅で行き交う雑踏の中のひとり一人に、それぞれの思い、心があるということが感じられるようになってきました。ならば、そうした人ひとり一人の心の琴線に触れるような俳句を作っていきたいと思いました。かの松尾芭蕉は「俳句を芸術にまで高めた人」と称されています。そして、「芸術は苦悩の叫び」とも言われます。私は、その万分の一にでも触れさせて頂く機会を、俳句を通して得られたことに感謝しています。

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2008年12月 8日 (月)

水鳥

次の句もまた、前回同様、天橋立で作った句です。

水鳥の波に逆らふこともなく

天橋立は、約7,000本の松林が続く長さ3.2km(大天橋、小天橋)、幅20 mから付根が170mほどの砂嘴(さし、地学上では砂州)なのだそうです。その3.2kmを端から端まで歩いて、徒歩4050分といったところでしょうか。幅20 mと言えば、25mプールよりも短いのですから、本当に両側が海の中の道を歩いている風情です。私が歩いた時は12月でしたが、天候も晴れで、穏やか。波の音がゆったりと流れていました。その波に乗りながら、水鳥たちが波に逆らうこともなく身を任せている姿を見て、私は「人生もかくあるべきか」と思いました。上の句は、そうした事を思いながら作った一句です。

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2008年12月 5日 (金)

寒禽

次の句もまた、前回同様、天橋立で作った句です。

の天橋立燐と舞ふ

禽(かんきん)は渡り鳥、留鳥の区別なく、冬に姿を見せる小鳥の総称です。つまり、ひと言で言えば、冬の鳥のことです。寒さでふくれている小鳥たちを見ますと、「寒いだろうけど、頑張れよ!」と寒さに耐えている姿にエールを送りたくなりますし、寒さに負けず元気に活動している小鳥たちを見ていると、「自分も頑張らなくては!」という気持ちになってきます。そして、上に掲げた一句は天橋立の上空を力強く舞っている鳥たちの姿を見て作ったものですが、その悠然たる姿に私は深い感慨を受けました。定例会では選んで頂けませんでしたが、「そんな事はどうでもいい」と思わせてくれる一句だと思っています。

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2008年12月 2日 (火)

冬帝

「股のぞき」と言えば、天橋立。昨年は12月初に出張で京都府北部に行く機会があり、その際に初めて立ち寄った傘松公園から見る天橋立は本当に絶景でした。幸い天候にも恵まれ、傘松公園から広がる光景を凝視していると、本当に神々が降臨してきそうな不思議な感覚にもなりました。

冬帝の天橋立股のぞき

私の中では、今でもこの句の感覚がフィットします。実際、京都府や宮津市では天橋立の世界遺産への登録申請を文化庁に願い出ているそうです。しかし、現実には夏季になると、天橋立周辺はビーチパラソルやタープが乱立した野放しの海水浴場と化すなど、到底「世界遺産」と呼べるような処置がなされいないそうです。そうすると、こうした現実を知っている方たちにとっては、やはり違和感のある句なのだと思います。実際、定例会でも選んで頂くことは出来ませんでした。

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